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2008年8月

2008年8月29日 (金)

■今できる事は?その2

 次は個人的な話をしよう。当家の備え、つまり備蓄である。一々これを何人前等と書き連ねるつもりは無い。そういう備蓄合戦はよそのブログでさんざん見た。当家の備蓄はずばり・・・

主食の米8ヶ月分、大豆かなり、緑黄色野菜かなり、水、菓子、相当分、燃料かなり

それと忘れてはいけない。「タミフル大人二人分×10日+子供用ドライシロップ×10日」
「リレンザ大人一人分×5日」である。そしてリピトール数錠、酸素吸入器と予備の酸素ボンベ。2L/分で90分供給量(気休めだが)。他に防疫装備があるがまた別の機会に。

もう一つ備えていることがある。これは主食の備蓄量が並はずれて多い事にも関係があるのだが、僕の仮説に基づく。
 つまり過去のパンデミックを省みるに、働き盛りが多く死亡して経済活動が数年にわたって停滞する。そうすると企業活動が落ち込み、我が国は外貨を稼ぐ事ができなくなる。そうなるとインフレが起こる。物の価値が今とは比較にならない程高騰する。もう一つ、現代の高度に集約された農業において、働き手を少なからず失えば、翌年の米の生産量が激減するのは容易に想像がつく。平成5年の大凶作は平年比80%の収穫だった、それだけ取れてもあの大騒ぎだったのだ。最終的には沖縄の早場米とタイ米、カリフォルニア米に救われた恰好だが、今でも続くミニマムアクセスの発端となったあの大凶作ですら、平年の8割は取れていたのだ。言うまでも無い事だが、パンデミックにおいては、世界からの支援は期待できないのだ。平時ですら食料の39%を海外に依存している我が国が、パンデミックによる米不足を引き起こせばどうなるか・・・

 そこで当家ではどうしたか。知り合いの農家さんとの結びつきを強化する事にしたのだ。米は割高だが毎月そちらから直接購入し、嫁を手伝いに行かせ、とにかく農家との繋がりを太くしておく事にしたのだ。本当ならば白州次郎よろしく農家を買い取って「主白荘:おもしろそう」等と名付けて隠遁生活を始めるのだが、子供達もまだ小さく、まして雇われの身ではそう格好良くはいかない。このページをご覧になるような方にそのような年代の御仁がいるとは思えないが、先の戦争の後半から戦後、食料が統制下におかれて、食べる物がなかった時代を見たり聞いたりした方はいるだろう。インフレとはああいう状態を指すのだ。物の価値が相対的に上がっていくのだ。要するに物不足。

悲観的に過ぎる見方だと批判される向きもあるだろう。今は大正時代ではないと、これまでの90年の人類の進歩を無視しすぎていると、怒る方もあるかもしれない。
ではこの90年で人類がなし得た英知を、パンデミック時にあまねく全国民に届ける事ができるとお思いか?プレパンデミックワクチン然り、タミフル然り、具体的な流通ルートや接種方法が確立されているのか?米国ではドライブスルーワクチン接種の実験まで行った、実に具体的だ、然るに我が国ではすべからく抽象的なのだ。2,000万人分備蓄する等々言われており、その量が足りない足りないと責め立てられ、来年度予算では600億円程度新型対策につく予定だとか。しかし僕は言いたいのだ、溜め込んだって非常時に絶対に動かせる流通ルートがないと持っていないのと同じ事だと。

もっと具体的に、想像力を持って考えて欲しい。真っ先にやられる医療関係者が病院機能を維持できるとお思いか?発熱外来構想は、初期の封じ込め段階こそ機能すると思うが、パンデミックになれば破綻する事は必定ではないか。そうして感染者でごった返す病院に我が子を抱えて親が乗り込んで一家全員感染させるのか?
かといって在宅治療という綺麗事も通用しないのも自明である。国民皆保険で甘やかされた我が国の人々は我先に病院へ押し掛け、人を押しのけてタミフルの処方箋を求めるだろう。そうなれば最早事実上のOTC化も同然である。感染の温床となる病院へ行く事自体がナンセンスである。

ではどうすれば良いか?非常時には絶対的な権力を持った中央集権的な組織が必須である。国民がひざまずくような方を長とした、絶対的な権力を持った組織を今のうちに決めてしまうべきである(もう決めてあって公表されていないだけという事を願うが)そして戦中の隣組のような末端組織、町内会やNPOといった末梢の組織を今のうちに活性化させておくのだ。町内会やNPOへの交付金といったばらまきでも良い、それらを一度活性化させておくことだ。そして非常時にはその末端組織を通じてタミフルの配布やプレパンデやパンデミックワクチンの接種を行うようにしておけば良いのだ。水道工事をして通水試験をしない馬鹿はいない、ということである。

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■今できる事は?その1

 僕は北海道は札幌市の隣の市に住んでいる。勤務先は札幌にある、さる大手IT企業の子会社である。先日親会社のリスクマネージメントのページ内で、「新型インフルエンザ」に関する対策マニュアルを発見した。発見したのはつい先日だが、最初に作成されたのは2007/1となっていたから、それなりにリスク管理能力はあったのだと思った。しかし内容が問題だったのだ。
 そこにはこう書かれていた、「フェーズ3において、(つまり現段階では)各事業所の総務人事部門は情報収集を行うこと」「フェーズ4において、N95マスク、エタノールを備蓄すること」
 正直暗澹たる気持ちになった。日本を代表するようなIT企業で、しかもある程度グローバルに展開している大企業がこの程度の曖昧な決めごとをもって、対策マニュアルと呼んでいるとは・・・
 第一、情報収集と言うが、そんな命令は我が社には来ていない(僕は総務部門勤務)、あくまで僕の自由研究で新型インフルエンザを追っているが、春先の西ベンガル州の事も、先日のインドネシアの疑似クラスターの事も、きっと親会社は把握してさえいないはずだ。
 フェーズ4になったらN95マスクとエタノールの備蓄とは・・・皆同じ行動に走る事ぐらい分からないのだろうか?そもそもWHOがフェーズ4を公式に発表するような段階になったら、もうすぐそこまでウイルスは来ていると考えるのが妥当ではないか。少なくともこれまでのWHOのスピードを見ていると残念ながらそう思わざるを得ない。

 実はもう当社におけるパンデミック時のマニュアルを個人的に草案レベルで作成してはある。そこには誰が意志決定メンバーで、誰が実働メンバーで、装着する防疫装備レベルから縮退稼働への移行、館内封鎖までの撤退戦のシナリオを書いたつもりだ。本来こういう風に具体的に名前まで落とし込んだ行動マニュアルが平時である今こそ作成されるべきなのだ。ボーイスカウトの精神、「備えよ常に」である。

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■歴史に学びたい

 14世紀の黒死病は伝説のように伝えられているのに、何故過去の新型インフルエンザは忘れ去られたのか?症状が風邪に似ていて、別に外見上の変化も無く肺炎で死んでいったからなのか?ここら辺はよく分からない。
 直近で最大の被害を出したのが「スペインフル」だ。この名称でも分かる様にFLU→風邪というように捉えられていたのだろう。1918年当時、その感染症の原因であるウイルスという物は見ることはもちろん不可能、存在すらも不明だった。細菌より小さな生物など想像だにしなかったのは当然のことである。抗生物質すらない時代、新型インフルエンザH1N1は6ヶ月で世界を一周し、足かけ3年に渡って数回の感染の波となって世界を蹂躙した。日本では約45万人が死亡したと言われている、ちなみに当時の日本の人口は5,000万人程度と思われる。顕著な特徴として、生物として最もエネルギーに満ちあふれた強い時期であるはずの青年~壮年層での死亡率が以上に高く、横軸に年齢層/縦軸に死亡者数をとった場合、通常の「U」字ではなく、「W」字だったという点がある。
 最近ではこの現象を「サイトカインストーム」という言葉で語る事が流行っている。全く免疫を持たない未知の感染症に罹患した場合、炎症性サイトカインの異常産生によって、肺胞内が漿液で満たされ生きながらにして溺死するという様な症例のようだ。その一言で片付けられるほど単純では無いだろうが、ともかく若者が結構コロコロ死んだ事は確かだ。

 人々が皆大きなガーゼマスクをしている写真を見たことがある。マスクなどと言うと、すぐ科学的エビデンスが無い等と反論してくる御仁もいると思うが、正体不明の病気が流行っていて、横で人がごほごほ咳をしていたら、誰だってマスクをしたくなる。
 現代でも欧米を中心に、マスクの有効性は乏しいという論文が発表されたりしているが、果たしてそう言い切って良い物だろうか?確かにマスクをした場合としない場合で罹患率はそう変わらなかったという研究結果もある。むしろ罹患者と一緒に閉鎖空間でトランプをした方がはるかに高率に感染する事も確かめられている。これは手を通じて目や鼻経由で感染が成立する可能性が高い事を示唆していると言えるだろう。
 マスクを過信するのはいけないことだ、たとえN95マスクをしていても、十分な感染予防ではない事は間違いない。ゴーグル、使い捨て手袋、使い捨てガウン、ヘアキャップ・・・そして何より手洗い、様々な予防策を並列的に活用することで初めて予防効果を有効に発揮すると思われる。
だからといってマスクはナンセンスだと誰が言い切れるのだ?飛沫感染くらいは防御できるだろうし、罹患者がマスクをしてくれたら、飛沫自体を排出しなくなってくれるではないか。飛沫が低減すれば飛沫核も低減する。要するに防御の手段は多いに越したことは無いのだ。盾を何重にもするように、防御策を複数用意する事に異論はないと皆さん思わないか?
 日本には「夏に乾布摩擦をしておくと冬に風邪にかかりにくい」という言い伝えがある。これはどうやら本当らしい。しかし科学的な機序は不明だ、僕も疫学的調査結果は知らない。だが、皮膚を適当に刺激しておくと免疫が活性化するというのは本当らしいのだ。
 人間の体はまだまだ不明な点が多いのだ。だから人間は歴史に学び、先人の経験である叡智に謙虚であるべきなのだ。

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■はじめに

 新型インフルエンザの発生が危惧され始めてからはや10年あまり、遅まきながら僕がそれに注視し始めて1年が経ちました。今の所「新型インフルエンザ」なるものは発生していない。専門家の間では「発生する事は間違いなく、それは時間の問題だ」と言われている。しかし、とかく専門家は一点集中のきらいがあって、物事を広く捉えようとしない傾向がある。

このブログでは、「新型インフルエンザ」を中心に、広く世界と世界の中の日本を捉えてみようと考える。よそ様のホームページでは思うような事を十分に書ききれないので、こうして自分の場所を確保した次第である。最新の情報は別にいくつも良質のサイトがあるから、自分も含め、そちらを日々注視していけば良い。ここではそれらを元に僕なりの考察を行っていきたいと思う。思いを同じくする方がいらっしゃれば幸いである。

さて、新型インフルエンザとは何か?とか鳥インフルとの違いは?とか弱毒型と強毒型の違いは?とかの説明をするつもりは一切無い。そのような説明は他にいくつも優れたホームページがある。私は新型インフルエンザという昔から何度も人類を襲ってきたリスクに対して現代を生きる自分たちが出来る事は何なのか?という事を考え直すことから始めてみようと思う。

かく言う僕は医療有資格者でもないし、修士でもない一介の学士であり会社員である。従って僕がここで述べていく医学的な文言にはエビデンスなる物は存在しない事が多いので、誤解無きよう。

昨今では日本でも新型インフルエンザの脅威が囁かれだし、対策マニュアル作成やらBCPを含むBCMの必要性やらが叫ばれ出した。その遅い早いを論ずるつもりはない。リスクをリスクと捉えて事前に対策を立てておくことは非常に大切なことである。それでも僕を含む一般市民で、不安を感じている人は少なからずいるのではないだろうか?少なくとも新型インフルエンザという言葉を知ってしまった人ならば、現在の対策マニュアルに不安を感じてしまうのではないだろうか?「知れば知るほど不安になる」 新型インフルエンザという感染症はそんな病気だ。

不安の根底にあるのはやはり「スペインフル」の記憶だろう。全世界で推定4,000万人以上が死亡した未曾有の感染症だった。それ以前にも所謂新型インフルエンザは何度も発生していて、その度大量の命を奪っているのだが、何故か14世紀のヨーロッパにおける「黒死病」のように歴史に深く刻まれる事は無く、流行病として片付けられてきたのだ。


ジオターゲティング

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