歴史上に残っているインフルエンザの流行は93回、そのうち15回は世界的流行(パンデミック)だったようである(あくまでも歴史に残っているという点に注意が必要であるが)。しかし今日我々はほとんどインフルエンザパンデミックの恐怖の記憶を失っている。これは何故だろうか?
天然痘、ペスト、コレラ、梅毒、ハンセン氏病。これらに対する世界の恐怖感は拭いがたいレベルで存在している(もっとも天然痘は根絶宣言が出されているが)。これらの疫病とインフルエンザに対する感覚の違いは一体何であろうか?
一つは流行期間である。上記の疫病は何十年も時には数世紀も世界を脅かし続けてきた。それに対してインフルエンザは長くても足掛け3年程度で燃え尽きてしまう。甚大な人的被害を出したとしても、結果として「あれは何だったのだろう」という程度で終わってしまったのではないだろうか?
もう一つは上記の疫病が引き起こす外見上の醜い変化である。これは人々の記憶に強く残るに十分な要因である。これらに比較してインフルエンザは圧倒的に短期間に、しかも風邪のひどい程度の症状で感染者が死亡してしまうのだ。これでは人々の記憶に残らなくても無理は無いと僕は思う。
僕はH5N1の時代は終わりつつあると思っている。しかしH5N1は人類に非常に大きな貢献をしてくれたと思う。すなわちインフルエンザをなめてはいけないという教訓を与えた事である。家禽を100%殺すようなインフルエンザウイルスの存在は、かえって人類の忘れかけていた恐怖心を呼び覚まし、結果的にワクチン技術の劇的発展を招来した。H5N1は家禽の間ではパンデミックとなったが、人類に対する感染力は非常に弱かった、そしてその弱点を未だに克服できないでいる。
ただしこれは新型インフルエンザの発生を否定するものではない。どのようなウイルス型のどの株が次のインフルエンザ・パンデミックつまり新型インフルエンザを引き起こすかは分からない、そしていつ起こるかも分からない。そういう意味で「いつ起きても不思議ではない」という表現になる(結果的に)。そして、現在我々がとらわれている「鳥の死亡」というマーカーも、一つの参考にはすべきだが、全ての新型インフルエンザが鳥の死亡を伴うと思い込んではいけない。最も恐るべきは、鳥にほとんど無害で、人類に有害なウイルス型においてパンデミックが発生することである。そしてパンデミックが発生したとしても冷静にその毒性/悪性度を見極める必要がある。即ち致死的なのか、それとも風邪のひどい程度で済むのかという事である。
新型インフルエンザという言葉が一人歩きし始めて久しいが、本当の新型インフルエンザならば、上述の疫病がまだ疫病であった時の如く、成人を効果的に倒すはずだ。そういう意味で新型インフルエンザは恐ろしいのだ。補充が容易でなく、かつ社会の中枢を担う世代を効率的に倒してしまうから恐ろしいのである。
1957年のアジアインフルエンザ以降はワクチンが介入し始めている。この効果なのか、それとも毒性の低さなのか不明であるが、世界で数百万人程度の死亡者で済んでいる。1957年のアジアインフルエンザはH2N2亜型ウイルス、1968年の香港インフルエンザはH3N2亜型ウイルスのパンデミックとされている。僕にはこれら二つのウイルスの毒性と感染性が低かったとしか思えない。とてもワクチンが効果的だったからとは思えないのだ、何故なら当時十分量の人口に対してワクチンが接種されたとはとても思えないからである。そしてスペインフルH1N1も同じく弱毒型である。しかしだからと言ってあの惨憺たる結果をもたらしたのはワクチンが無かったからという一つの事実に帰結させていいものだろうか?
ここで、はたと気がついたのだが、スペインフルのウイルスは何故ヘマグルチニンもノリラミニターゼも「1」なのか?単にそのウイルスそのものを捕らえた初めての機会だったから「1」なのではないか?そう思って見ると、1957年はH2N2でヘマグルチニンもノリラミニターゼも変異したのだ、1968年はH3N2でヘマグルチニンのみ変異してノリラミニターゼは変異しなかったのだと思えてきた。このような変異がこれまでにヘマグルチニンで16種類、ノリラミニターゼで9種類見つかっているに過ぎないのではないか?つまり我々はまだまだインフルエンザウイルスの変異に数をつけているに過ぎないのではないか?と思えてきた。現在ではヘマグルチニンとノリラミニターゼのみならず「クレード」と呼ばれる小変異まで追いかけており、H5N1だけでクレードは10に分かれている事まで追えているが、ヘマグルチニンとノリラミニターゼの変異だけで144種類もあり、これにクレードが例えば10種類となると1,440種類以上は存在するという事になってしまう。
正直追いきれるのか?という気持ちになる。やはり完全に適合するワクチンの接種は不可能で、交差免疫を期待して接種するという事に事実上なってしまうと僕は思う。それでも人類はインフルエンザワクチンの変異を追いつづけなければならない。彼らの変異した姿に少しでも近い場所を見ていなければならない。インフルエンザという非常に不安定な存在との戦いの本質がそこにある。
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